1996年度は商品生産に関わる史料の収集を続けるかたわら、全体的考察として、経済活動に占める商品生産の位置づけ、中世初期社会における商品のありかたについて検討した。その一部は、市場交易と教会組織、あるいは市場の地域形成力をテーマとして執筆した最近の論考のなかに生かされている。主要な論点は以下のとおりである。 (1)商品生産の実態については、塩、穀物、葡萄酒の3品目について史料文言の収集、データベース化の作業を行った。収集した史料を見る限り、商品作物に特化した生産活動を検出することはできなかった。しかし多くの史料は、修道院をはじめとする大領主が自己の領地では生産が困難な産物--小麦や良質の葡萄酒--を他の地域から市場を通じて恒常的に輸入していたことを示唆している。 (2)また大領主は、自ら葡萄酒などの大量生産を行い、その一部を市場で売却したほか、領民に貨幣貢租を課すことによって--彼らは貢納に必要な貨幣を入手するために市場で生産物を換金する必要に迫られた--小生産者の市場参入を促進した。すなわち研究の対象となった地域において、商品生産は自己消費や貢納のためのそれと一体となって、広範な社会層によって行われていたのである。 (3)ここで見逃してはならないのは、カロリング期の市場交易が単に利潤追求行為であるばかりではなく、貧民の給養や凶作時の食糧確保とも密接に結びついていたことを強調する近年の研究動向である。この時期の商品生産のありかたもまた、狭義の経済活動の枠を越えたきわめて多面的性格を持っていたと予想される。今後さらに考察を深める必要があろう。
|