1997年度は収集した史料の分析を進め、所領明細帳における穀物生産、商品流通に関する項目のデータベース化をほぼ完了した。併せて、経済活動に占める商品生産の位置づけ、中世初期社会における商品のありかたについて、特に地域形成との関わりに着目しつつ検討した。研究の全体としては、おおよそ次のような見通しを得るに至った。 (1)特に重点的に資料を収集した、塩、穀物、葡萄酒の3品目については、収集した史料を見る限り、商品生産に完全に特化した活動を検出することはできなかった。しかし塩、葡萄酒については、それが商品としての販売を視野に入れて生産されていた事例を、いくつか読みとることができる。また穀物に関しては、特に小麦が、大経営での生産の比重が高いこと、また運搬との関係で史料に現れる機会が他の穀物よりきわだって多いことからして、流通との関わりが最も深い穀物であると考えられる。 (2)協会大領主にとって、商品生産、すなわち生産物の市場への搬入は、キリスト教世界における富の適正な分配を実現するための、いわば社会的義務でもあった。カロリング期大領主による所領再編のなかでは、例えば葡萄栽培を流通に好適な地点で拡大しようとする指向が読みとれるが、その底流には教会領主に課せられた責務があったと考えられる。 (3)このようにカロリング期世界は、少なくとも一面では商品の生産と分配を通じて、空間的、また社会的に統合されていた。すなわちこの時期の商品生産のありかたは、狭義の経済活動の枠を越えたきわめて多面的性格を持っていたと予想されるのである。
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