本研究は、古代ペルシア帝国支配者層の個別人物誌的調査を行い、データの整理と分析を通じて帝国支配の諸問題の解明に寄与しようとするものである。この研究目的と作業計画にもとづいて、既存の資料と科学研究費補助金によって購入されたPauly-Wissowa Realencyclopadie der classischen Altertumswissenschaftとを利用して、個別人物的データの作成とその整理を進めた。これらの人物誌的データにもとづく具体的な考察のテーマとしては、研究者がこれまで従事としてきた帝国成立期に関する問題の中から、とりわけ議論の多い初期アケメネス朝の成立にかかわる問題が取り上げられた。その成果は論文「初期アケメネス朝の系譜」にまとめられて発表された。この論文は、人物誌的データの詳細な検討にもとづいて、アケメネス朝の起源を前700年ごろのアケメネスにさかのぼらせる一般的な通説を批判し、系譜そのものがダレイオス1世の支配の正当性を主張する根拠として作成されたものであることを明らかにするなど、新しい知見を提示している。なお、ダレイオス1世の人物誌的データとして、ビストゥン碑文の邦訳が行われた。この邦訳も、古代ペルシア語文だけではなく、エラム語文、バビロニア語文、アラム語文を含むものとして最初の試みである。 古代ペルシア帝国の人物誌的データは、前6世紀の初期アケメネス朝のみならず、前5〜4世紀の考察にさいしても適用されなければならない。しかし、それは研究者にとってより長期的な見通しを要する仕事であり、今後の課題とされるであろう。
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