銅山の分布については、岡山県成羽町吉岡銅山、兵庫県川西町能勢銅山、島根県津和野町笹ヶ谷銅山、同県美都町都茂銅山、同県大社町鵜峠銅山など比較的古いと目される銅山の踏査を行ない、その立地を確認するとともに鉱滓・陶磁器などの遺物を採集した。古代に遡る遺物の散布は確認できなかったが、鵜峠銅山はその立地が古代の代表的な銅山である長登銅山に類似しており、注目すべき銅山であることが判明した。 古代都城の銅精錬遺跡の分布については、発掘調査報告書の検索と出土遺物の実見による調査・研究を並行して進めたが、これまで平城京・長岡京・平安京の鋳銅関連遺跡または銅精錬関連遺跡50ヶ所あまりを抽出した。この中で得られた新知見として、平城京内での製錬滓状の鉱滓の発見がある。奈良市教育委員会が実施した第276次調査、第292次調査、西大寺第9次調査で出土した鉱滓中に、製錬滓状鉱滓が含まれることを初めて確認した。奈良国立文化財研究所が実施した第116次・第222次調査出土の青銅滓及び銅精錬滓とともに、これらの製錬滓状鉱滓の鉱物学的な理化学分析を実施中である。詳細な分析結果をまたなければならないが、これらは製錬滓に近いものと思われ、銅山からもたらされた原料銅のなかに含まれていたものと考えられる。 古代の製錬・精錬炉ないし鋳銅炉は、長登銅山跡例、尾崎遺跡例、太宰府遺跡例、平城宮式部省東官衙跡例等の比較検討から以下の5型式に大別できることが判明した。1:円形堅炉(製錬炉、長登銅山跡出土1号炉)、2:火床炉A(製錬炉、長登銅山跡例、炉形は不明ながら精錬工具のカラミカキの出土から炉の存在が推定できる)、3:火床炉B(精錬炉、式部省東官衙出土SX14761)、4:火床炉C(精錬炉または鋳銅炉?、太宰府遺跡出土「保土穴」)、5:石組み炉(精錬炉または鋳銅炉?、尾崎遺跡出土1号石組み炉)である。
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