江戸時代の東部方言を知る資料として、全国各地の図書館に所蔵されている、東国出身の儒学者の講義録の所在の調査とその講義録の収集がこの科学研究費による研究テーマである。 講義者の講義を筆録させて、後進の勉学の資とする学統を有していたのが山崎闇斎学派であった。闇斎は、俗語を交えた分かりやすい言葉で講義した。この講義を弟子たちは、闇斎の口吻が分かるように写実的に筆録して、後世に伝えた。闇斎学派では、講義者の口吻が分かるように講義録を作成することが伝統になったのである。闇斎の弟子たちが全国各地で講義をしたとすれば、それを聴講した聴講者がやはり講義者の口吻が分かるようにその講義録を作成して後世に残したことになる。 当然、地方出身の講義者であれば、その出身地の方言で講義録が纒められるのである。この地方出身者の講義録が方言を残している点で、生の方言資料の少ない江戸時代においては貴重である。今回の研究によって、東国の方言講義録がかなり残されていることが判明した。渡辺予斎は新発田方を、稲葉迂斎・稲葉黙斎父子は江戸語を残している。また野田剛斎・幸田誠之は北関東の方言を残しているように推測される。闇斎学派の講義録の研究によって江戸時代の方言が体系的に捉えられる可能性が生じてきたと考えている。
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