本研究は、研究課題に示したように、大きくは2つの目的を持つ、1つは、冷泉家旧蔵(大阪青山短期大学蔵、重要文化財)の『成尋阿闍梨母集』を、作品としての読解につとめることである。それは一つ一つの語句や和歌の解釈といったレベルにとどまるのではなく、作者の心理状態や、社会的環境、歴史的背景等にいたるまで視野に入れて読む試みといえる。例えば、九州から都に訪れた僧が、成尋の手紙を持たらしたり、成尋を迎えに中国まで訪れるといった発言など、成尋の行動や、当時の日中間の交流史を背景にして、初めて読みとけるものといえる。このような方針のもとに注釈作業を進め、成果として『成尋阿闍梨母集全注釈』の原稿600枚余を書きあげた。これは、今年秋には、風間書房から出版の予定である。 二つ月の研究意図は、成尋阿闍梨の生涯について、できるだけ詳細に知ることである。これまでは、母親の記した『成尋阿闍梨母集』と渡宋して巡礼した1年3カ月間の日記の『参天台五台山記』が、資材として知られているにすぎなかったものの、後者はほとんど詳細に解読されていない。これ以外に、当時の日記である『中右記』や『春記』などを用いて、成尋の生い立ち、修行のほど、母との関係、渡宋の経緯、渡宋後の天台山や五台山での巡礼の様子、都の開封で皇帝の命によって示した降雨の奇跡など、具体的に考察していった。これによって、成尋の伝記は、晩年は不明ながらもかなり明らかになったと思われる。なお、『成尋の入宋とその生涯』(平成8年5月刊、吉川弘文館)を出版することにしている。
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