長崎の唐通事、唐話学者たちが行った日常的な通訳業務「通弁」や唐話辞書編纂などの活動が、日本近世文学・語学にどのような影響をおよぼしたか、その解明が本研究の目的である。この報告書においては、およそ次の項目についての調査・考察をおこなった。 (1)唐通事の機構・職制の歴史の概要 唐通事の制度は、慶長8年(1603)に来泊唐人憑六を長崎奉行小笠原一菴が任命したことに始まった。寛永17年(1640)に大通事、小通事、承応2年(1653)に稽古通事などが設置され、機構が次第に整備されてゆく過程を『訳詞統譜』などの資料をもとに探り、その機構と職制の歴史的概要をまとめた。 (2)唐通事の家系と活動 唐通事は、風説書の翻訳や貿易業務などの公務に従事しているが、かれらは学芸、詩作にも興味をもつ文化人でもあった。代表的な大通事林道栄、劉宣義、素軒親子らの家系を調査し、彼らの詩作・学芸などの創造的な活動を調査した。 (3)唐話辞書について 唐話辞書の編纂は元禄時代から行われ、かつて唐通事であった岡島冠山系の辞書が流布しているが、このほかにも実用的な辞書が作成されている。それらの内から魏氏編纂の『東京異詞相〓解』(長崎県立図書館蔵本、長崎大学附属図書館経済学部分館武藤文庫蔵本)を翻刻・紹介し、当時の俗語・訳語の様相を検討した。
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