平成六年度は、購入を予定していた宝巻関係資料の中国における発行計画が二転三転するなかで、たえず研究計画の変更を余儀なくされた一年であった。結局備品として購入を予定していた書籍中、計画どおり購入できたものは『宝巻』初集のみであり、それも年が改まってからであった。このため研究計画も宝巻に関する部分については、平成七年度送りにせざるをえなかった。平成七年度に刊行を予定される『宝巻』二集とあわせ、成果をまとめたいと考えている。しかし、あらかじめこうした事態を予想し二重三重の研究計画をたてていたため、研究総体としては順調に進展したといってよかろう。この結果、漢族と少数民族を問わず、民間故事、民俗神にまつわる神話・伝説、民間信仰などにみられる物語と、筆者のいう原小説を含む中国古典小説との間によこたわる大きな問題が解決しつつあるとの実感を得るにいたった。 平成六年度の成果として、筆者は次の二論文をすでに脱稿している。「関羽の物語について」は『埼玉大学紀要教養学部』にまもなく掲載される予定であるが、『三國志演義』の英雄関羽を、人々を旱魃から救うべく天帝の命にさからって雨を降らせ、その罪によって斬首された火龍神の下凡転生したものととらえたものであり、「瘟神の物語-宋江の字はなぜ公明なのか-」は、今秋汲古書院から刊行予定の『宋代の国家と地域社会』に収められるが、『水滸伝』を、人々を瘟疫から救うべく自ら瘟毒を呑みほし、死後瘟神にまつられた民俗神にまつわる物語が骨格になったものとみなしたものである。この二論文は、すでに発表済の『西遊記』を治水神にまつわる物語とみなす二論文、「『西遊記』の構想-再生した善神と治水神話-」「王府と原小説-江流和尚の物語から[西遊記」を考える-」とあわせ、筆者の代表的な論文となろう。
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