本年度発表した論文を中心に、以下、研究実績の概要を述べてみたい。 まず、「『金瓶梅』執筆時代の推定」では、「金瓶梅」中の登場人物物語・李瓶児・西門慶の以上三人の死亡日時に関する干支の記載例九例を検討した結果、これは、明代では嘉靖四十年から隆慶六年までの年に符合することが判明した。これは偶然とは思われず、作者がこの小説を執筆していた時の生活時間感覚をそのまま作中に盛りこんだ為ではなかったかと考えられる。もしこの推測が正しいならば、「金瓶梅」は、嘉靖末年において十数年かけて執筆されたものと思われる。 次に、「『金瓶梅』における調利と洒落について」では、本小説65回には、山東八府の役人達が西門家に勢揃いして、都から花石綱を受け取りに来た勅使を迎える一段があるが、この役人達は、いずれも歴史上に実存した人物達であり、かつ奇妙なことには、朱代の人物と明代の人物を混在させている。本考では、この意味について考えてみた。結論としては、この作者は曲者で、これは、自分の作品の読者として作者は(1)この小説を主に好色本として関心をもったであろう広範なる一般読者と、(2)登場人物中に歴史上の人名が用いられていることも、またそれにこめられた政治的調利や洒落によるおもしろさを味わうことのできたいわば高等な一部読者の両種の読者を悪定した為ではなかったとした。 また、「金瓶梅の発想」では、「金瓶梅」には沢山の素材が使われているが、中でも「水滸伝」に依存する割合が高く、しかも「水滸伝」中の駢語を「金瓶梅」ではまったく別の個所に用いられていることがあり、この用いられ方を検討してみると、作者の連想により引用されていたが判る。本考ではこれがこの作者の創作手法の一つではなかったかという点について明らかにした。
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