語彙部門において、形態的・統語的・意味的語彙情報がどのように指定されるべきかについて、種々の実験心理言語学的研究の成果を視野に入れた上で考察を行い、以下のような成果が得られた。 1.動詞と動詞から派生した名詞・形容詞との間の統語分布の違いが以前から指摘されていたが、これは接辞付加の際に語彙情報が「継承」されない現象であると考えることで妥当な説明が可能であることが判明した。 2.語彙項目の統語的情報と意味的情報とが相互に独立した形でMental Lexiconに記載されていると仮定することで、上記1の説明は妥当性をますことが判明した。これは、失語症の患者等を対象とする実験研究の題材として、統語的語彙情報の欠落と意味的語彙情報の欠落とに「乖離」が観察されるか否かが興味深いものとなることを示唆する。 3.形態的語彙情報について、屈折接辞に関して生成規則による「規則的な」接辞付加とアナロジーに基盤を置く「半規則的」接辞付加の区別が重要であることが、S.Pinkerを中心とする一連の実験研究によって示されているが、この区別は派生接辞についても有用である可能性が高い。特に上記1で述べた「継承が阻止される」現象について、接辞付加が「規則的」であるか「半規則的」であるかの差が関与している可能性がある。この点については現時点でははっきりした議論を展開する段階に至っておらず、今後継続して考察を進める予定である。 なお、本研究課題と関連して、平成6年度の日本英文学会大会(於熊本大学)において「Mental Lexiconの理論をめざして」と題するシンポジウムを企画・実行し、そこでの討論を出発点として、健常者および失語症患者を被験者とする、日本語の派生接辞に関する共同実験研究の計画が進行中である。
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