われわれの概念体系の抽象的な部分は、外部世界の知覚を通しての経験や身体経験を背景として派生してきている。とくに外部世界の場所、空間を特徴づける概念は、われわれの思考・判断・知覚などの人間の心的プロセスを特徴づける抽象概念を産みだす源泉としても重要な役割をになう。人間の心的プロセスは、とくにわれわれが外部世界に投影する視点やパースペクティヴに支配されている。本年度の研究では、日本語と英語の比喩的な理解のプロセスと視点やパースペクティブの投影のモードを検討しながら、まず身体部位にかかわる具象的な概念から場所、空間にかかわる概念への比喩的な拡張のプロセスを調査し、次に場所、空間を特徴づける概念から時間、質、量、感情等にかかわる抽象概念への拡張のプロセスを考察した。従来の意味論を中心とする言語学と関連分野の研究では、日常言語の概念の拡張は、具象的な概念から抽象的な概念に拡張される形で意味変化が起こるという一般的な事実は指摘されている。しかし、具体的にどの種類の具象概念からどの種類のより抽象的な概念に意味が比喩的に拡張されていくかは、明らかにされていない。本研究では、この種の概念の拡張過程の方向として、基本的に身体部位の概念から場所、空間の概念へ、さらにこれらの概念から時間の概念、さら時空的な概念から質、量ならびに感情等の心理的な概念が比喩的に派生されていく傾向が明らかにした。また、この意味変化の方向は、一方向的であり、これらの推移関係の逆の方向への意味変化は一般に認められにくい点も確かめられた。(尚、本年度は、自然言語の場所・空間表現に関する三年間の研究成果を報告書の形にまとめた。)
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