本研究の最終的な目的は、屈折形態論に関してPinkerらが主張している規則形と不規則形の二分法が、派生形態論にも当てはまるかどうかを明らかにすることである。つまり、規則の存在を認めないコネクショニストらの主張に対して、Pinker and Prince 1991などでは、規則形はデフォルト規則によって生成されるのに対して、不規則形は連想記憶(associative memory)の中にリストされているという区別をしており、この区別が派生語に関しても成り立つかどうかということである。前年度の研究ですでに、派生形態論の中にもデフォルト規則がいくつか存在することを述べた。さらに、日英語の動作主名詞(agent noun)を比較した結果、英語にはデフォルトの屈折接尾辞-er(例:writer)が存在するが、日本語の動作主を表す接尾辞にはそのようなデフォルト接辞は存在しないことを指摘した。 本年度の研究では、上記の指摘をふまえて、日本語の動作主を表す種々の接尾辞の付いた語は、「-者」「-人」「-手」(例:経営者、相続人、書き手)のようなかなり生産的な接尾辞の付いたものでさえも、語種(和語、漢語、外来語、擬声語)の制約に従うことを、著者の行った調査などに基づいて、新たに指摘した。語種は少なくとも部分的には音韻的な特徴によって互いに区別されると考えられ、したがって日本語でデフォルトではない接尾辞の付いた動作主名詞が新たに作られるときには、規則によって生成されるのではなく、連想記憶の中にリストされている既存の動作主名詞との音韻的な類似性に基づいて、類推(analogy)によって拡張的に得られると結論することができるであろう。今後の研究において、これらの接尾辞が語種に関する音韻上の制約を受けるということをさらに証拠付けるために、ノンセンス(nonsense)語を用いた実験を行うことを考えている。
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