ヤマモトについて今までいろいろ論じられてきたが、彼女の戦前および戦時中の作品はほとんど取り上げられることがなかった。歴史の中に埋もれたままになっていたからである。また彼女の文学が、日系人にとって最も不幸な事件である太平洋戦争との関わりで論じられることもほとんどなかった。その戦争は日系人に彼らのアイデンティティの在り方を最も強く意識させたのである。 今回、ヤマモトの戦前と戦時中の作品を発掘し、彼女のおよそ60年にわたって多数の作品を検討してみると、彼女の文学が太平洋戦争の影響を大きく受けていることが分かる。彼女の文学は戦前と戦時中、戦後とではそれぞれ性格がかなり異なっている。戦前のヤマモトの文学は諧謔の文学であり、青春の文学であった。しかし中国における日本の侵略が拡大し、日米関係が悪化するにつれて、ヤマモトはこれらの問題を真剣に受け止めるようになり、開戦の直前にはアメリカ市民としてのアイデンティティを表明するようになる。しかし太平洋戦争が始まると、その後の日系アメリカ人に対する処遇と愛する弟の出征によって、ヤマモトはアメリカに批判的になる。そして前後は少数民族としての戦時中の体験から、1960年代以降高まる少数民族運動を背景に、アメリカにおける人種偏見を批判しつつ、他の少数民族との交流と共感を示す作品を発表するようになる。このようなヤマモトの文学の流れは今まで誰も論じてこなかったが、これも日系作家で少数民族作家であるヤマモトの文学の持つ重要な特徴点であることを強く指摘しておきたい。
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