まず、基本的な文献探索・文献調査として、一方では、19世紀フランスに関する最近の歴史学の成果と、近代産業化社会に関する社会学からのアプローチについて検討した。また他方では、ゾラの《ル-ゴン=マッカール叢書》20巻を中心に、批評活動や書簡を含めた著作を、産業の発展と文化や人間の心性との関わりに注目しつつ検討した。神戸大学にない文献については、東京大学の図書館などを利用させてもらった。 また、研究目的の〈A〉に挙げた、「都市改造によって生じた近代都市空間パリとその表象」に関しては、オスマンのパリ改造に関する資料をできる限り調査し、同時代の事実をゾラが『獲物の分け前』の中でどのように表象しているかを詳しく検討した。特にこの小説の解体工事視察の場面は、オスマンの改造が残した最大の問題点のひとつ、つまり「二つのパリ」の形成を浮き彫りにすると同時に、都市の解剖が、「下方にある真理」の発掘をめざす近代の諸科学の隠喩になっていることを明らかにした。つまりそこに見られるのは鋭い好奇心と細部の観察による推理、隠された内部の発掘、展示、解説という一連の近代的な知的操作に他ならないのである。また、別の論文では、19世紀パリに流行した「温室」が「近代」のまなざしを象徴する空間であることを示し、特にゾラの小説のなかでは鉄とガラスの建造物が展示の空間、欲望の空間として機能し、第2帝政期の社会やゾラの文学そのものを具現していることを明らかにした。 「近代都市空間パリとその表象」のテーマに関しては、とりあえず2本の論文にまとめたが、今後も基礎的な作業を継続しつつ、『ル-ゴン=マッカール叢書』の他の作品にも手を広げていきたい。
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