平成8年度は、19世紀後半のフランスにおける産業化社会とジェンダーの問題に関して、特に『ボヌ-ル・デ・ダム百貨店』を中心に考察した。ゾラは主人公オクターヴ・ム-レの経営するデパートを、産業化社会を象徴する一個の巨大で怪物的な「機械装置」として構想している。それは「男性」によって発明された「女性」誘惑、「女性」搾取の装置である。この「幸福ボヌ-ル」製造機械は、あらゆるファンタジ-を利用し、女性をセクシュアルな女神として奉り、その肉体性を賛美する一方で、頭部のないマネキンに象徴されるように、彼女らの理性をうしなわせ、際限のない買い物へと向かわせる。デパートをめぐる女性たちについての考察は、消費資本主義社会が女性に付与した役割を浮かび上がらせる。それはまず何よりも「消費者」としての役割であり、次に従業員という「労働者」の役割であって、いずれも搾取される側にある。またデパートに食いつぶされる近隣の小商店の姿は、その店の妻や娘の衰弱した貧血症の肉体とその死によって象徴され、またボヌ-ル・デ・ダム発展の基礎には、ム-レの最初の妻の流した血がある。一介の従業員から最後にはム-レの妻になる女主人公ドゥニーズの役割は、この「機械」を改良し、「怪物」に人間味を与えることであるが、そこでは「母親」「主婦」のイメージが強調され、「永遠に女性的なるもの」の美徳が讃えられる。このようにしてブルジョワ家族のモデルを取り込むことで、資本主義はイデオロギー的にも、女性を組み込んでいったことがわかる。 産業化社会とジェンダーの問題については、他の作品についても検討する必要がある。また当初の研究目的のうち、「近代における芸術創造の問題」については、十分に展開する余地がなかったので、今後の課題のひとつとしたい。
|