ドイツ語は中世の聴覚的・話し言葉的性格から、近世以降、視覚的・書き言葉的性格を強めてきたと考えられる。本研究は、そのようなドイツ語の変遷を、統語論の領域において、ジャンル別、時代別に構築したボン大学の近世ドイツ語テキストコーパスに基づき、テキスト言語学的・語用論的視点から記述しようとしたものである。得られた知見は次のような点に要約される: 1)近世ドイツ語においては現代語に見られる定動詞の位置、および、枠構造はすでに基本的には成立していると考えられるが、いわゆる枠外配置が多くみられ、語順は現代語に比べてかなり自由であったと言える。 2)その語順原則としては次のようなものが確認された:i)枠外配置される語句は前置詞句に限定されず、また、補足語、添加語の区別とも関係がない、ii)定動詞、不定詞などは語句を適当な長さに分節するために配置される、iii)適当な長さに分節された語句はリズムを生み出す機能を果たしている、iv)それらの語句は情報伝達上の原則に従って、時間軸に沿って配列され、重要なものほど後に置かれる。 3)枠外配置について、ラテン語の影響は確認されなかった。また、Textsortenによる偏りも見られなかった。 4)文章の構造はHypotaxなものよりもParataxなものが多く、平易な構造と言える。 5)中世語の原因理由を表す接続詞wandeから現代語の、事柄の因果関係を表すweilと主張の根拠を述べるdennへの機能分化は16世紀に起こったが、これはテクスト構成のひとつの新しい重要な手段となった。 6)聴覚的・話し言葉的原則に基づく語順から視覚的・書き言葉的原則に基づく語順への転換は16世紀に起こったと考えられる。
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