研究概要 |
本研究の目的は,ム-ジルの<可能性感覚>の精神史的系譜をライブニッツの時代から現代まで遡り、その現代的意義を明らかにするというものであった。その結果えられた主な知見は、以下のとおりである。 1.<可能性感覚>の主要な契機として、偶然性の認識・多元主義への傾斜・ユートピア的思惟の三要素を抽出することができる。そのうちの前二者は人工生命や現代宇宙編と共通する思惟形式であるが、<可能性感覚>のもう反相対主義的性格は、ポストモダンと呼ばれる現代的状況のなかでなおユートピア的思惟の可能性を提示しうるものである。2.ライブニッツの弁神論にはじまり、カント、ヘーゲルとつづくドイツ観念論の目的論的思考は流れは、一貫して世界の成立における偶然性を排除する思弁を展開した。マッハ哲学との取りくみによって、偶然性を多様な可能性を生む契機として認識したム-ジルは、逆に偶然性を梃子として、無数の別の可能性の中にユートピア的な「正しい生」を探求しようとする。3.さらにもうひとつ、マイノングの対象論を<可能性感覚.の先駆者として位置付けることができる。「現実的なものを優遇する偏見」から脱却して「存在しない対象」の存在を主張する対象論のなかには、ム-ジルの<可能性感覚>の基底にある「存在することも可能であろうすべてのものを考え、存在するものを存在しないものよりも重要視しない能力」と通底する思考のかたちを見いだすことができる。4.カネッティの思考の根底には、現にあるものとは別様の存在可能性を追求する強烈な意志が潜んでいる。この意味はしかし、<可能性感覚>のたんなる継承者であるにとどまらず、《越境する精神》として、圧倒的な肉体性をともないつつ別の現実へと分け入っていく。
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