ヒッタイト粘土板の厳密な時代区分に基づいて、母音語幹動詞に付与される3人称単数現在語尾を統計的に調査した結果、次の2つのことが明らかになった。(1)古期ヒッタイト語のオリジナルの粘土板では、a-語幹動詞とu-語幹動詞がとる一般的な語尾は-zziであるが、後の時代のコピーでは-ziという語尾が増えていること、(2)地方、i/e-語幹動詞では、時代にかかわりなく、-zziという語尾が一般的であること。(1)については、古期ヒッタイト語のオリジナルの粘土板に記録されているar-nu-ur-zi「彼は持ってくる」KBoVI2I38という形式が、その中期ヒッタイト語におけるコピーではar-nu-ziKBoVO3I9と書き改められているような事例からも裏づけられる。これは、azとuzという文字に関しては、画数が多いために、後の時代の書記はそれらを省略して記録したことによると考えられている。(2)については、izという文字は3画から成る簡単なものであるために、古期ヒッタイト語のオリジナルの粘土板においても、その中期、後期ヒッタイトのコピーにおいても、書記はizを省略せずに-iz-ziと書いたと考えられる。ところが、このようにizを省略する十分な動機がないにもかかわらず、izが書かれていない例が古期ヒッタイト語にいくつかみられる。たとえば、u-e-mi-zi「彼は見つける」KBoVI2IV12、i-e-zi「彼は行う」KBoVI2I60などである。これらの-i/eziを持つ形式に対して比較言語学的分析を施した結果、それらはアナトリア祖語の段階で^*-diという語尾を持っていたことが明らかになった。この^*-diは、前ヒッタイト語の段階で、^*-tiという語尾が破擦化を蒙って^*-ttsiになったのと同様に、やはり破擦化して^*-tsiになった。^*-ttsi(<^*-ti)と^*-tsi(<^*-di)のあいたの子音の長さの違いは、^*-tiと^*-diとのあいたの子音の強さの違いに対応し(^*-tiでは強く、^*-diでは弱い)、古期ヒッタイト語の-zziと-ziという綴りの違いに反映されている。
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