粘土板の厳密な時代区分に基づいて、ヒッタイト語動詞を分析した結果、つぎの2点が明らかになった。 1.1人称と2人称の現在複数形の語尾には通常の-weniと-teni以外に、-waniと-taniという語尾があるのに対して、過去形には-wenと-tenだけで、-wanと-tanという語尾はみられない。この問題に関して、アクセントのある語尾のeは保たれたが、アクセントのない語尾のeはaになったという変化がヒッタイト語の先史に起こったことを提案する。この音法則によってつくられたeを持つ語尾とa持つ語尾のうち、ヒッタイト語では前者が一般に広がった。現在形において-waniと-taniが存続したのに対して、過去形において-wenと-tenしかない理由は、3人称複数の現在語尾-anziと過去語尾-erの母音と音色の影響と考えることができる。 2.母音語幹動詞に付与される3人称単数現在語尾の文献学的および言語学的な分析によって、^*-tiも^*-diも前ヒッタイトの時期に破擦音化を蒙ったことが分かった。破擦音化によってつくられた2つの語尾^*-tsiも^*-dziのうち、前者がヒッタイト語で広く2次的に一般化されたが、少数の動詞は古期ヒッタイト語の時期に古い状態を保持したまま、類推による全面的な画一化を拒んでいた。他方、^*tと^*dの場合と異なり、印欧祖語の有声帯気音^*dhはヒッタイト語において^*iの前で決して破擦音にならない。この事実は印欧祖語の^*tと^*dと^*dhがアナトリア祖語の段階でまだ別個の音素として存在したということを示している。ヒッタイト語に代表されるアナトリア諸語の多くは、印欧系の諸言語のなかでも最も古い時期に記録されている。したがって、サンスクリット語やギリシア語に保存されている帯気音がアナトリア祖語の時期になお存続していたと考えることはそれ自体まったく無理のないことである。
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