この研究計画では、超高エネルギー原子核衝突によって生成される高密度物質の性質とその実験的探針についての理論的研究を行った。この研究で得られた主な成果は次のとうりである。 1)高エネルギー核反応において多重発生する中間子の量子力学的な干渉効果によってひきおこされる2同種粒子の運動量相関(所謂「ハンブリー・ブラウン・ツイス効果」)に、パイ中間子とその放出源との終状態相互作用がどう影響を及ぼすかを調べた。その詳細は終状態相互作用の形態に依るが、例えばクォーク・グルオン・プラズマのような強い吸収体の場合、干渉に必要な一方の振幅が減衰することにより運動量相関が一般に弱められることがわかった。通常「ハンブリー・ブラウン・ツイス干渉計」は粒子放出源の形状の測定にもちいられてきたが、我々の結果はそれ以外の放出源の性質に関する情報を2粒子相関のデータからとりだし得ることを意味しており、これからの実験データの解析に極めて有用な結果である。 2)急激に膨張するハドロン物質中でカイラル対称性の自発的破れを伴う相転位が起きることがことが予想されるが、そのダイナミクスのおける量子論的効果を理解する準備研究として、熱平衡状態での系の振る舞いをQCDの有効理論である線形シグマ模型使って平均場近似によって調べた。中間子場の熱的揺らぎを自己無撞着的に取り込んだハートレー近似の方法を用いて秩序パラメータ(シグマ中間子場の期待値)や中間子の有効質量等の温度依存性を調べた。これまでも同じような近似法が他の研究者によっても使われてきたが、ゴールドストーンの定理を満たさないなどの困難があった。我々の近似法ではこの困難は回避できたが、通常摂動計算で発散を伴う真空偏極の効果を繰り込みによって回避することができていたのが、非摂動近似である自己無撞着的近似ではそれができないという新たな理論的困難があらわれた。また、真空偏極の効果を無視すると、この近似のもとでは、カイラル対称性が厳密な場合、相転位は第一種となる。それが、中間子場の長波長の熱的揺らぎに起因していること、また量子論的効果が重要であることを明らかにした。 3)量子場の時間変化(ダイナミクス)を記述する方法として、汎関数シュレ-ディンガー表示に基づいた変分法的アプローチがある。量子場の波動(汎)関数に(自由場の基底状態を記述するガウス型のより一般化されたものをとって、そのパラメータの運動方程式を変分原理からきめる方法である。我々はこの方法を用いて、膨張する中間子場の記述を行った。この場合変分パラメータは中間子場の期待値(ガウス関数の中心の位置)とその揺らぎ(ガウス関数の偏差値)、そしてそれらの「複素共役量」になる。われわれは運動方程式の漸近解でローレンツ変換にたいして不変なものを解析的に記述できることを示した。
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