本研究の目的は、申請者が自作した世界最高クラスの性能を有する超高感度・高分解能タンデム型ブリルアン散乱装置を用いて、金属磁性体のスピン波振動数の温度・磁場依存性を測定し、交換相互作用を含む微視的磁気定数の決定を行うことにある。本研究では、強磁性Fe単結晶楔型超薄膜と反強磁性FeTiO_3単結晶(T_N=57K)についてスピン波測定を行った。前者では表面磁気異方性定数の決定と準2次元系のスピン波測定を、後者では低エネルギー音響型スピン波モードに対するエネルギーギャップの有無を調べることを目的とした。 MBE法により作製されたFe楔型超薄膜(最大膜厚8.9A)のスピン波測定を室温で行い、膜厚2.6Aまでスピン波散乱を観測することが出来た。ここで、膜厚2.6Aは1.8原子層に対応する。スピン波振動数の磁場と膜厚依存性を測定し、飽和磁化と表面磁気異方性定数を膜厚の関数として決定することが出来た。この結果、かなり驚くべきことであるが、膜厚2.6Aでも飽和磁化はバルクの約85%程度の値を持つことが分かった。また、表面に垂直な方向の一軸表面磁気異方性と試料面内を安定方向とするバルクの形状磁気異方性の競合により、膜厚3Aを境に面内磁化から垂直磁化に移行することを見いだした。 現在、単原子層のスピン波測定を目指し、測定が進められている。超薄膜のスピン波研究は非常に大きな成果を収めることが出来、ブリルアン散乱による(準)2次元系の磁性研究へのブレイクスルーが達成された。 FeTiO_3単結晶のスピン波測定には、試料表面の高精度鏡面研磨と液体Heを用いた測定が必要であるため、現在までの段階では定量的な議論に耐えうるスピン波スペクトルは得られていない。クライオスタットに改修を加え、液体Heの持ち時間を現在の10時間から20時間程度まで長くする必要がある。今後も測定を継続し、音響型スピン波モードについてエネルギーギャップの有無を確認したい。
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