量子力学の枠組み内で思考する限り、シュレ-ティンガーの猫の逆理は解消出来ないように思われる。果して、量子力学が微視的あるいは「中間視的」のみならず、真に巨視的と見なされ得る体系に対しても妥協な理論なのかどうか。この問題を念頭において、以下のような研究を行った。 (イ)東北大学で行われている実験(ヘリウム3を液体ヘリウム4に溶かした過飽和混合液体に於ける約10mK以下での二相分離)の結果は、量子核形成現象が観測されたことを示唆している。この現象を微視的理論に基づいて解明すべく、量子核形成過程を記述し得る場の理論的模型を提案した。次いで、この模型において、集団的自由度(即ち核の半径R)の従うべき量子力学の性格を考察した。この考察から得られた予備的結果を、古くから知られている現象論と比べると、核の膨張運動を支配するポテンシャル・エネルギーは定性的に変わらないものの、「膨張する核の有効慣性質量のR依存性」が異なる。また、その帰結の一つとして、「現象論は、核形成率を10の10乗程度も、大きく見積もる可能性がある」ことが判った。 (ロ)一般に巨視的量子現象(これは上述の核形成も含まれる)は、それを観測する行為事態によって影響を蒙り得る。如何なる測定が可能か、測定値は何を表すのか、といったことを「対象たる巨視系と測定器とを含む全系」を量子力学的に記述することによって分析する必要がある。この様な分析に資するための、一つの単純化された模型を提案し、ある種の理想的状況下では量子コヒーレンスを損なうことのない測定が可能であるとの結論を得た。
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