近年銅酸化物高温超伝導体が通常のs波と異なる異方的超伝導体である事が確実視されるに至っているが、特にセラミックな系ではグレイン間の弱結合部にク-パ-ペアの位相がπだけずれる所謂π結合が生じる為フラストレーション効果が生じ、スピングラス磁性体と同様のカイラル秩序の出現が期待される。昨年度までは異方的な超伝導オーダーパラメータを持つd波超伝導セラミックスにおけるカイラルグラス秩序を、スクリーニング効果まで含めてモデル化した格子模型に基づきモンテカルロシミュレーションにより調べ、非線型帯磁率の発散的挙動などスピングラスと類似の秩序化現象を観測した。ただしその際完全な熱平衡条件が保証されていなかった為、熱平衡下での相転移の有無については明確な結論が得られなかった。今年度は新しい数値的手法による熱平衡条件下における大規模モンテカルロ計算を行なった。その際、特に近年提唱されている拡張アンサンブルに基づくモンテカルロ技法を導入し、完全な熱平衡条件下で計算を行ない、熱平衡相としてのカイラルグラス相が存在する事を明らかにした。また、有限サイズスケーリングの解析によりカイラルグラス転移に伴う種々の臨界指数を決定した。得られた指数はスクリーニングの効果を無視した場合の値に近く、カイラルグラス転移が磁場の揺らぎを取り入れた系でも存在する事が明確になった。また熱平衡状態における線型帯磁率を計算し、この量が正になる事、即ち常磁性マイスナー効果を示す事等も明らかにした。
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