本研究の目的はサンゴ礁海域の海底洞窟に特有な貝形虫種の起源と洞窟環境への適応と進化を明らかにすることにある。 洞窟特有の貝形虫種の‘代表格'とも言える‘生きている化石貝形虫'Saipanettidae科の「新属」(1種のみ。以下、「新属」)の起源については、昨年度、近縁属との殻形態の比較等から、「新属」が同じSaipanettidae科のCardobairdia又はその近縁属に由来するとの仮説を提出した。本年度、伊江島の「大洞窟」よりCardobairdiaあるいはCardobairdia類似の貝形虫属に属する2種の殻を発見したが、これはこの仮説を支持する証拠と言えよう。又、以前得られた「新属」の生体標本を解剖した結果、Cardobairdiaに比べ、特に、付属肢の剛毛の発達が貧弱なことが明らかになったが、この点で「新属」はSaipanettidae科のもう一つの属であるSaipanettaにより近い。これは深海泥底に生息するCardobairdiaとサンゴ礁域に生息するsaipanettidsである「新属」(洞窟壁上)、Saipanetta(砂粒間)の摂食様式、行動習性等の生態の違いを反映している可能性がある。 又、「大洞窟」では強力な競争相手となり得るCytheracea上科の貝形虫が種数、個体数とも少ない。さらに、boring gastropods等の捕食者がほとんど見られない。このような生物的要因が「新属」の洞窟内での生き残りを可能にする条件の一つと考えられる。 「大洞窟」では「新属」以外の洞窟内の貝形虫種のほとんどは浅海性で、洞窟外のサンゴ礁域でその生息が確認されているものも多い。浅海起源の種にとっての洞窟環境への適応の条件は「新属」のそれとは異なる可能性が高い。 なお、今年度の貝形虫調査、採集は1995年6月21日〜23日に、洞窟性貝形虫群集との比較のため、沖縄本島近くの慶良間諸島・座間味島周辺のサンゴ礁において実施した。
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