本研究では琉球列島のサンゴ礁海域の海底洞窟中の貝形虫群集の特性、さらには‘生きている化石'の洞窟特有の貝形虫「新属」(以下、「新属」)の起源とその洞窟環境への適応と進化について研究した。海底洞窟中の貝形虫群集の特徴を以下に挙げる。1)生体が極めて少ない。これは洞窟内の貧栄養状態が反映していると考えられる。2)構成種のほとんどは浅海性種あるいは浅海起源の種よりなる。例外的に「新属」(1種)を含む合計3種の深海起源と考えられるsaipanettidsが発見された。3)超科レベルで見ると洞窟外の様々な海洋底環境で優占的なcytheraceansが洞窟の試料中では種数、個体数ともその全体に占める割合が低い。殻形態の類似性と化石記録から、「新属」は、同じSaipanettidae科に属し深海泥底を生息の場とするCardobairdiaかCardobairdiaに類縁をもつ貝形虫に由来すると考えられる。「新属」は、その生体標本の採集結果から洞窟内の「天井」、「壁」の裂か(隙間)を利用する隠生的な生活に適応していると考えられるが、この海底洞窟内での‘生き残り'を可能にしている背景として、「新属」にとって強力な競争相手と成りうるcytheraceansの出現頻度が相対的に低く、boring gastropods等の貝形虫にとっての捕食者がほとんど見られないという「生物的要因」が挙げられよう。「新属」の生体標本を解剖した結果、付属肢に付く剛毛の発達が弱い他、柄節の数が少ないという特徴が認められた。又、「新属」生体の行動を顕微鏡下、ビデオ撮影したが、その結果、「新属」の殻の前方および後方には‘切れ込み'(incisions)があるため、殻が十分に開いていない状態、即ち、腹縁付近より胸肢を出しての歩行が不可能な状態でも水は背甲内を通り抜けられることが分かった。
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