研究概要 |
平成6年度には酸化によって渡環結合が形成されるタイプの電子供与体をモチーフとして研究をおこなったが、本年度は逆に酸化により結合解裂を伴う分子の研究に重点を置いた。最初に検討したトリシクロ[3.3.2.0]デカン1及びトリシクロ[4.4.2.0]デカン2はどちらもシクロブタン環に二つの1,3-ベンゾジチオール環がスピロ型に連結された構造を有しており、それぞれ6年度に用いた2,2′-(シクロオクタン-1,5-ジイリデン)ビス(1,3-ベンゾジチオール)3及び2,2′-(シクロデカン-1,6-ジイリデン)ビス(1,3-ベンゾジチオール)4と異性体の関係にある。1,2は容易に2電子酸化されるが、その際4つの硫黄が置換したC-C結合が解裂してビシクロ[3.3.0]及び[4.4.0]骨格を有するジカチオン5,6へと変化する。これらは3,4の2電子酸化の際に渡環結合が形成されて生じたものと全く同一の物である。ジカチオン5,6の還元ではそれぞれ3と2が再生することから、2と6及び3と5が可逆なC-C結合形成と解裂を伴う動的酸化還元系を形成することが明らかとなった。1,3-ベンゾジチオリウム自体は強力な発色団とはなり得ない為、上記の系ではクロミズムとしての挙動は期待できない。そこで次に酸化によりトリアリールメタン系の色素骨格を形成し得る9,9,10,10-テトラキス(4-ジメチルアミノフェニル)-9,10-ジヒドロフェナントレン7及びその誘導体の研究に着手した。この化合物はテトラアリールエタン骨格を有し、2電子酸化によってC-C結合の解裂を伴いマラカイトグリーン色素に特徴的な濃い青色を呈した。そのジカチオン8の還元で無色の7が再生することから、これらはエレクトロクロミズム系となる。特に7の酸化電位(+0.74V)と8の還元電位(-0.42V)との間に大きなギャップがあることは、この2つの電位の間ではどちらの化学種も安定に存在することを示す。このような性質は他のエレクトロクロミズム系には見られない特徴であり、動的挙動によってはじめて引き起こされたものである。
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