1.混合原子価錯体、ビフェロセン(Fe(II)Fe(III))モノカチオン(bfc^+)のプロトンNMRにおける、g値、超微細結合定数(A)、および、分子再配向運動の相関時間、電子スピン緩和時間などを、ESR、プロトンNMRシフト、緩和時間などの測定から見積り、同プロトン縦緩和時間(T1)における電子移動の寄与を見積もった。 2.1の結果を用い、種々の溶媒中における電子移動速度定数を様々な温度で決定した。得られた速度定数のおもな特徴は、(1)室温で、10^<12>s^<-1>のオーダーである。(2)溶媒により1桁程度の違いを示す、などである。 3.可視・近赤外吸収スペクトルの測定から、本電子移動反応における再配列エネルギー(ΔG^*)、および、ふたつの原子価状態間の結合定数(H12)を見積もった。また、振動スペクトルの結果を使って、分子内の再配列エネルギー(ΔGi^*)を求めた。これらの結果は、この電子移動過程における障壁が、かなりの部分(〜70%)溶媒による再配列エネルギーによることが示された。 4.2、3の結果をもとに、この電子移動反応に強い断熱過程を仮定し、溶媒の動的効果について検討した。Hyensらの理論にもとづいて解析した結果を以下にまとめる。 (1)反応の前指数成分は、溶媒の誘電縦緩和時間(τ_1)と相関を示し、反応の障壁を通過する際の溶媒の摩擦の寄与が示された。 (2)アルコール中では、誘電緩和の主成分である比較的ゆっくりとした緩和よりは、水酸基の配向運動のような早い緩和成分が、反応障壁のダイナミックスに大きな寄与を与えることが示された。 (3)上記の解析は、実験値に比べ小さな反応速度定数の温度依存性を与える。このことは、反応に比べ、早い揺らぎ、たとえば溶媒の慣性的な運動や、分子内振動の効果を取り込んだモデル(たとえば、Sumi-Marcus理論)を検討する必要があることを示唆する。
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