今年度はミトコンドリアDNAの変異の検索に努めている。東日本の18地点からニホンザルの血液、皮膚等の試料を集め、DNAを抽出した。PCRによる特定領域の構造比較に先立ち制限酵素切断パターンを分析したところ、生息域が分断された地域個体群に特異的な変異型が数多く検出できた。ミトコンドリアDNAの場合には地理的に近接する個体群が必ずしも類似する分子型をもつとは限らないこと、変異型は散在状ないしはモザイク状に分布するわけではなく、突然変異蓄積の段階を反映するような空間的分布を示す傾向があることが認められた。以上の観察結果はニホンザルが母系集団を核とした社会構造をもつことから群分裂がミトコンドリアDNAの空間分布に影響を与えること、ならびに東日本における最終氷期以後の植生変化にともなうニホンザル祖先の生息域拡大を反映した結果と考えることができる。ミトコンドリアDNAの群れ内の変異性は核にコードされる遺伝子に比して乏しく、群外から移入した可能性があるオトナオスを除くと、RFLPレベルではほとんど個体差が検出できない。この結果は、母系集団としての群れが少数の雌家系をもとに構成されること、これら家系間の血縁性が高いことを示唆する。一方、移出入にかかわる雄は遺伝子のキャリアとして地域個体群間の遺伝的交流に貢献する。個体の拡散範囲を調査する上で、地域個体群に固有のミトコンドリアは効果的な遺伝標識になると考えられ、南関東地域で拡散のモニタリングを計画、実行中である。来年度はさらに試料を広い地域に求めるとともに、核DNA、染色体の標識開発に努めたい。
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