ニホンザルの繁殖構造モデルの検証と地域集団の遺伝的文化の実態調査を目的として、ミトコンドリアDNA (mtDNA)の分子変異と染色体の構造変異を分析した。東日本の35地点から採集した合計109個体についてmtDNA変異を制限酵素切断パターンの電気泳動分析で比較した結果、31種類の制限酵素の分析で少なくとも15種類のハプロタイプがあると判明した。これらのハプロタイプは2グループに大別でき、それらの地理的分布には、(1)北関東から東北全域に分布するmtDNA変異は、他所に比べて著しく類似性が高い;(2)東北地方では例外的に五葉山地域個体群に特異的な変異が存在する;(3)地域個体群内のmtDNA変異性は一般に低いレベルにあり、多型が認められる場合には、他所から移入した可能性の高いオトナオスの関係する事例が多い;という特徴がある。以上の結果より、ニホンザルのmtDNA変異の分布は群れが母系であること、群分裂時には母系を単位とした集団の分裂が起こること、雌雄の生活史が異なること、といった社会生態的ないしは人口動態的特徴を反映している一方で、最終氷河期以降に東日本で分布域が急激に拡大した歴史性も反映していると考えられる。以前に出された蛋白多型分析にもとづく繁殖構造モデルは、遺伝子頻度や遺伝的変異性を集団平衡の仮定のもとで議論している。mtDNA変異の研究から、こうした集団平衡の前提が東日本地域のニホンザルでは仮定しにくい状況にあり、局所的な遺伝的浮動の影響が大きいことが予想された。染色体のC-バンド分染パターンを20地域75個体について分析した。既知の第9染色体の挟動原体C-バンド変異のほかに、第9染色体に核小体形成部位の縦列重複変異が新たに志賀高原で観察された。さらに、同集団で染色体のC-バンドが姉妹染色分体間で非対称的な例が検出され、新しい染色体標識として今後の集団調査に応用可能になった。
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