本研究では、原索動物マボヤをとりあげ、この種に周辺の分類学な問題にmtDNAを指標にした分子系統学的検討を加え、以下のような新たな知見をえた。 マボヤの属するHalocynthia属内のアカボヤ、イガボヤ、リッテルボヤについて、各集団の個体毎にmtDNAを抽出し、制限酵素(9種)消化後の断片長を比較し遺伝的距離を算出し、系統樹を作成した。その結果UPGMAによる解析では、4種のホヤでは、アボヤとアカボヤ(両種間の遺伝的距離d=0.0067)、リッテルボヤとイガボヤ(d=0.0042)がそれぞれクラスタ(d=0.0086)を形成した。また、30個体以上を解析できた、アカボヤの棲息地域の異なる集団間及び生殖時期の異なるマボヤの3集団間の遺伝的距離は上記の100分の1程度だった。このことから、この属内の4種のホヤは約300万年〜450万年以前に種分化したこと、さらに、約1万年以前から種内での分化が起こり始めたと推定された。最近の研究では、リッテルボヤはイガボヤのシノニム(同種異名)として、またマボヤにおける生殖的隔離が生じている各集団については別種として扱うべきとする議論があった。本研究によりこの種の問題に決着がつくわけではないが、本研究で明らかになった分子系統学的な解析ではこれらの説とは異なる結果が得られたの興味深い。 さらに、本研究ではマボヤにおける地理的隔離がおよぼす遺伝的分化への効果を明らかにするため、現在までに国内の8地点で採集したマボヤの各集団間の解析をおこなった。その結果、本州の7地点では平均6個体に1個体現れる遺伝的多型が、菅島(三重県)の集団(25個体)では全く検出されなかった。マボヤの本州沿岸での各集団を検討した結果、太平洋沿岸よりも、日本海沿岸での種内変異が大きいことが明らかになった。
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