本研究では、エントロピーの視点から分子認識、特に、多点相互作用による分子認識を実験・理論の両面から検討した。ポルフィリン骨格に3つの認識基を位置特異的に導入することでアスパラギン酸ジメチルエステルに対して選択的なホスト分子を合成し、さらに、認識点を欠いた参照ホストも同時に合成することによって多点相互作用にもとづく熱力学パラメーターを実験的に評価した。一方、生命現象に必要となる機能をエントロピーに読み替えることによって定量化することで多点認識のホストの最適な設計が可能になることを示した。例えば、並進のエントロピーは、低濃度からゲスト分子を捕捉する機能に関与し、内部回転エントロピーは、内部回転の自由度をもったゲストの認識の選択性に関与している。このとき、認識点間の相互作用の形成にともなって束縛される運動の自由度を特定し、そのエントロピーを計算する必要がある。とくに単結合回りの内部回転のエントロピーの評価は重要であり、これについては、アミノ酸エステルの例での計算を行った。修飾ポルフィリンとアスパラギン酸ジメチルエステルの3点認識の錯形成の実験から得られた単結合回りの回転エントロピーの実験値は5-7cal/K/molであった。さらに、実測のエントロピーと計算されたエントロピーを比較することによって溶媒和によるエントロピーの寄与を評価することができた。これは、溶媒の関与する疎水相互作用のような現象に基礎的な知見をあたえるものである。本研究のようなアプローチは分子認識のみならずさらに一般的な生命現象の発現に関係する機能にも展開することが可能であると考えられる。
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