平成5年の水稲冷害において基肥チッソ少肥によって被害を最小限に止め得た事例が多かった。本研究では、チッソ施肥体系の違いが炭水化物代謝と冷害抵抗性の関係に与える影響について、耐冷性弱のあきたこまち(AKI)、耐冷性強のひとめぼれ(HIT)を供試して検討した。 1)両品種とも基肥チッソ無施用(-BN)では初期生育が遅れ、AKIでは穂数不足、HITでは1穂当たり籾数不足のため、約10%の減収となった。しかし、栄養生長期の根の生育は良好であった。 2)減数分裂期に、強光下と弱光下で低温処理を行ったところ、弱光下で-BNは有意に耐冷性が大きかったが、強光下ではチッソ施肥の影響が無く冷害の典型である障害不稔の発生が少なかった。このことから、冷害は単なる温度障害ではなく、少日射にともなう光合成活性の低下と光合成産物の不足が障害を一層拡大したと推定される。 3) 止葉の炭水化物の日変化やショ糖代謝の鍵を握るSucrose-P synthaseの性質から、水稲葉身や茎における光合成産物の貯蔵・転流は、デンプンよりもショ糖を中心に進行することが明らかになった。このことは、葉身や茎のソース機能の点から極めて有利と考えられる。 4)水稲の登熟期は4期に分けられた。穂重増加が最も顕著な登熟初期には、出穂前後に葉身や茎に蓄積していた炭水化物の大部分が急激に穂に転流した。この時期に穂に蓄積した全炭水化物の約半分が蓄積分と推定され、収量に貢献しただけでなくシンク活性を高め、登熟歩合を向上させたと考えられる。また、冷害年には不稔発生の防止に貢献したことが推定される。 5)出穂後30日頃には光合成産物の穂への転流は緩慢になって、再び葉や茎に炭水化物の蓄積が顕著になったが、このときに蓄積する炭水化物はショ糖が中心であり、蓄積が大きくなるほどショ糖の占める比率が大きくなった。ショ糖は唯一の体内可動型の糖であることから、この時期の光合成産物の転流は、ソースよりもシンク活性に制限要因があったと推定される。 6)以上のことから、出穂前の蓄積分を如何に確保し、登熟初期-中期の生産力を如何に高めるかが、耐冷-多収稲作の基本的な問題であることが明らかになった。
|