心筋が虚血に陥ると収縮が著しく抑制される。虚血心筋では無酸素的解糖系の亢進により、細胞内pHが低下し、それが収縮抑制の一因と考えられている。本研究では、細胞内アシドーシスによる温血動物心室筋の収縮特性および、細胞内Caイオン動態の変化のメカニズムを検討した。フェレットの右室乳頭筋の表層細胞内にエクオリンを圧注入して、細胞内Ca信号と収縮を同時記録した。細胞内アシドーシス時には、溶液中の炭酸ガス濃度を5%から15%に増加させた。アシドーシスにより、単収縮におけるCa信号の立ち上がり時間と下降相が延長した。しかし、収縮の時間経過には顕著な変化はみられなかった。標本にリアノジンを作用させて、頻回刺激をあたえ強縮を誘起して、細胞内Caイオン濃度-張力関係に対する細胞内アシドーシスの効果を観察した。細胞内アシドーシスはCaイオン濃度-張力関係を右方に移動させCa感受性を低下させると同時に、最大発生張力を抑制した。単収縮の経過中に筋の筋長を急激に短縮させると、細胞内Caイオン濃度は一過性に増加した(extra-Ca)。このextra-Caは、筋長変化に伴いクロスブリッジが、アクチンから解離することにより、Caイオンに対するトロポニンCの親和性が低下するために生じるものと考えられている。アシドーシスではこのextra-Caが抑制された。これはアシドーシスによりトロポニンCとCaイオンの結合が抑制されたために、筋長変化をあたえたときにトロポニンCから解離するCaイオンが減少したためと考えられた。Extra-CaはCa感受性を増強するカフェイン存在下でも観察され、カフェイン存在下でextra-Caは増高した。また、extra-Caの時間経過が延長した。カフェイン存在下でもアシドーシスはextra-Caを抑制した。これらの結果から、アシドーシスではトロポニンCとCaイオンの結合が抑制されるために、発生張力が抑制されるので、Ca信号が増高され、アシドーシス時にメカニカルストレスが加わっても、コントロールに比較して細胞内Caイオン濃度に顕著な変化は現れないと結論した。
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