本研究の目的は、地上実験で用いられる微小重力環境の代表的な模擬手法であるhead down tiltと水浸法について、その妥当性を静脈血行動態を指標にして再検討することにある。Head down tilt時の静脈血行動態はhead up tilt時の単なる逆の反応ではないことが明らかとなった。立位行動をとる猿のみならず四つ足動物の猫においても、head down tiltにより起こる下肢からの血液の移動は、下大静脈が横隔膜を貫いているcentral tendonの部分が抵抗となり肝静脈付近の下大静脈に貯溜し、静脈還流量は増加しなかった。この横隔膜部分の抵抗増加は胸腔内圧が陰圧であることにより生じる形態学的な要因により起こることが推察されたので、CアームX線透視装置により血管造影を行ない、下大静脈の形状変化について検討を行なった。自然呼吸下、水平状態で透視しながら造影剤を注入すると、下大静脈は胸腔内に入る手前で扁平し、head down tiltした際にはこの部分が吸気位でほぼ閉塞しいた。人口呼吸器下で同様に検討すると、head down tiltした際の横隔膜と肝臓に囲まれた部分の下大静脈の閉塞は吸気位、呼気位とも無く、明らかに血液が胸腔内に流入していた。また、自然呼吸下でhead down tiltした際には腹腔内圧が上昇し、胸腔内と腹腔内圧の圧格差が大きくなることも確認された。すなわち、自然呼吸下でhead down tiltした際の肝臓付近の静脈圧の上昇および下大静脈血流量の低下は、下大静脈が横隔膜を貫いているcentral tendon付近の静脈のコラップスにより引き起こされ、この静脈のコラップスは胸腔内圧と腹腔内圧の圧格差が大きくなることにより生じる“vascular waterfall"に起因していることが明らかとなった。
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