ヒト大腸癌とマウス実験癌の間で認められる遺伝子異常の差の原因として種の違いとDNA損傷過程の相違の2つが考えられる。この点を明らかにするために、近交系間のF1マウスを用いて共通の遺伝的背景のもとで、DMH投与による実験腫瘍と変異APC遺伝子(Min)による自然発生腫瘍を作成し、両者の遺伝子異常を比較・解析した。 DMHによる腫瘍はほとんどが大腸に発生するのに対し、Minマウスにおける腫瘍は大腸よりもむしろ小腸に多く発生した。発生した腫瘍はどちらも大半が分化型腺癌及び腺種であり、組織像には差は認められなかった。 Min変異による腫瘍121例の約90%に野性型APC遺伝子の欠失が認められた。DMH誘発腫瘍については、PCR-SSCP法による解析によりAPC遺伝子内に突然変異が検出されたが、近傍のマイクロサテライトマーカーによるLOH解析から欠失の頻度は低いと考えられた。 一方、p53遺伝子についての解析ではAPC遺伝子とは対照的に、Min変異による腫瘍では突然変異も欠失も全く認められなかった。DMH誘発腫瘍においてもp53遺伝子の異常を示したのは182例中20例とヒト大腸癌に比べてかなり低く、また、病理組織学的に癌と診断しうる多くの例でp53遺伝子の異常が認めれないことから、マウス大腸発癌にはp53遺伝子の不活化はそれ程重要ではないことが示唆された。ras遺伝子についてもMinマウスにおける腫瘍では全く突然変異は認められなかった。 マイクロサテライトマーカーによる解析からDMH誘発腫瘍では高頻度にマイクロサテライト領域の不安定性(RER)が起きていることが明らかになった。一方、Min変異による腫瘍ではこれまでのところRERは認められていない。 以上の結果から、腫瘍における遺伝子異常は種と発癌要因の相違の両方を反映すること、ヒトFAPとそのモデルマウスでは発生した腫瘍における遺伝子異常にかなり大きな相違があることが明らかになった。
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