予防医学的立場より医学の在り方を考えるとき、ある環境汚染物質により生体に不可逆的影響が出現する前に、極めて鋭敏な方法で生体の健康からの偏りを発見し、その原因究明に努めるべきであろう。汚染物質による健康障害を量-反応関係で考察する際には、秦効臓器の微細な部位に置ける損傷の度合いと有害物質の蓄積量を測定する手法の開発が必要である。そのためには、形態学的に組織を破壊せずに組織の微細な部位で金属の分布を測定する手法を確立し、実際の実験モデルを作ってその妥当性を確認することが必要である。本研究で得られたこれに関する成果とその意義は次に示す3点に要約できる。 1)種々の金属ヒュームで暴露された金属精練工場の労働者(中国・東北地方)の頭髪試料の断面を、非破壊放射光蛍光X線分析法により、金属分布を測定したところ、頭髪の髄質部よりも皮質部の外層部にこれら金属が分布していることが明らかになった。このことは呼器から吸収された金属ヒュームが血中に取り込まれて頭髪に移行して蓄積するというよりも、ヒュームが頭髪の外部に付着したと考えられる。また環境汚染濃度が直接に頭髪濃度として反映している可能性が高いために、生物学的暴露指標として毛髪試料の有用性がうかがえた。 2)メチル水銀投与ラットでは、水銀が血中から獣毛へ3.5日のtime lagで移行することを明らかにした。このことはわずか1本の頭髪を一定の間隔で金属を測定することによって過去に金属に暴露された時期やその濃度を推定することが可能になった。 3)抗酸化酵素の1種であるSODにはMnやCu・Znが結合した 分子種がある。単離したこれら酵素は無機水銀によって結合し、しかも酵素活性の低下を来たした。本法による金属測定は金属毒性を分子レベルで解明する可能性を示唆したと言える。
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