溺れの経過に関しては従来からの成書の記載では、前駆期、呼吸困難期、失神期、終末呼吸期があると言われていたが、今回の研究において、このような典型的な経過をとる例以外に少数ではあるが、水の気管内吸引直後に突然著しい徐脈や心停止に至る例が確認された。これらの例では肺内に水の大量吸引はなく、またこの突然の心停止は海水、淡水の別なく起こった。この徐脈の際、血圧はほとんど0近くまで下がり、脳波も間もなく消失したが、血圧が再び上がった例では脳波も回復した。これらの例は吸引された水による気管粘膜刺激が極度の心臓抑制反射を引き起こしたものと考えられ、上手に泳げる人が水泳中に意識を失って溺れる原因の一つとなっていることが考えられた。また典型的な経過をとった例においては、呼吸困難期から失神期への移行時または失神期に入って間もなく脳波が消失した。この脳波の消失時には大部分の例で肺内に多量の水が吸引されており、この時期から蘇生術を行っても、完全回復は不可能であった。従って、溺水例の救命、完全回復には、少なくとも呼吸困難期のうちに水から出してやることが必要と考えられ、失神期に至った例で、かつ肺内に水を多量に吸引している例は完全回復は不可能と考えられた。しかし溺水例の中には一見失神期に見えても反射性の意識消失に陥っている例や、冷水によるショックで意識を失っている例もあり、救急の現場では肺内への吸引水分量が回復が可能か否かの決め手になると考えられ、早急な肺のレントゲン撮影が必要と考えられた。
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