近年、低酸素性虚血性脳障害の治療に関する実験的研究が注目されてきているが、その結果はいまだ十分でない。特に周産期の障害に関する研究はその緒についたばかりで、研究の進展が待たれる。われわれは、前年度まで脳障害の形成に深く関わると考えられるグリア細胞の動態を検索してきた。一方、グリア細胞は種々の生理活性物質を分泌することが知られており、神経細胞の保護に関与している可能性がある。われわれは、それらの生理活性物質のうち、特に神経栄養因子による神経細胞保護作用に注目し研究を進めた。平成7年度は主として、神経栄養因子の一つであるPDGF-B鎖の障害脳における発現を観察した。方法としては、前年度と同様の方法で低酸素ならびに虚血を負荷したモデルラットの脳につき、PDGF-B鎖およびその特異的受容体であるβ受容体の発現を、面絵組織化学的およびin situ hybridizationならびにノザンブロッティング等の分子生物学的方法により検索した。その結果、PDGF-B鎖およびその受容体の蛋白およびmRNAはともに低酸素負荷後早期より発現が亢進していた。将来的に梗塞巣になると考えられる部分では、逆に早期より発現が低下あるいは欠如していた。全体的な発現の亢進は負荷後2-3日後にはほとんど見られなくなった。梗塞巣周囲の神経細胞は早期より最も強くこれらを発現しており、その持続も長かった。これらのことより、PDGF-B鎖はその神経栄養作用を通じて、sublethalな障害を蒙った神経細胞の変性過程に働き、神経細胞保護に働いていることが推察された。
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