糖尿病性腎症の成因として、研究代表者らは、腎糸球体メサンギウム細胞の代謝異常および機能障害の重要性を提唱してきた。これらの異常は、糖過剰状態における、メサンギウム細胞の種々の物質に対する細胞内情報伝達系の異常に起因している可能性が考えられる。近年、細胞機能の発現に種々のキナーゼが関与していることが明らかとなり、特にmitogen-activated protein kinase(MAPK)cascadeの重要性が注目を集めている。 そこで、本年度は、糖過剰状態におけるメサンギウム細胞の情報伝達異常発生機構を、特にMAPK cascadeを中心に検討した。その結果、以下の点が明らかとなった。すなわち、1.高糖濃度条件下で培養したメサンギウム細胞では、MAPK cascadeを構成するリン酸化酵素(MAPKK、MAPK)が活性化されていた、2.MAPK cascadeの活性化は、その下流に存在するcPLA2の活性化を惹起していた、3.このMAPK cascadeおよびcPLA2の活性化はPKC依存性であり、高糖濃度条件下で活性化されるPKCがその下流に情報を伝達していると考えられた。 本年度はさらに、高糖濃度条件下で培養したメサンギウム細胞で認められたMAPK cascadeの活性化が、実際にin vivoでも生じているか否かに関しても検討を加えた。その結果、MAPK cascadeの活性化は、in vitroのみならず糖尿病ラット腎糸球体でも認められ、これはインスリン治療により阻止された。すなわち、糖尿病に基づく代謝異常がMAPK cascadeの活性化を惹起していると考えられた。 以上の成績より、糖尿病状態では腎糸球体メサンギウム細胞に種々の重要な細胞内情報伝達異常が生じており、これらの異常がメサンギウム細胞の機能障害を惹起し、糖尿病性腎症の発症に寄与していると考えられる。
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