ヒト甲状腺癌は一般には予後はよいが、一部に予後の悪い高危険群が存在する。現時点では高危険群を予測する手段はないが、細胞の増殖・分化・細胞周期などの分子メカニズムは急速に明らかにされいる。そこで甲状腺細胞の細胞内情報伝達系に注目し、その異常を見出だし、臨床診断と治療に応用することを目標に研究をすすめた。その結果、1.高分化型甲状腺癌ではラス遺伝子の発見が増加していること 2.甲状腺癌の30%にラス遺伝子の点変異を認めること 3.甲状腺癌では活性型のラス蛋白が増加しており、ラス蛋白の下流に位置するMAP kinaseに活性化がおこっていること 4.ラス蛋白のファスネシル化を押さえるヒト甲状腺癌の増殖が抑制することを見出だした。さらに転移と関連して 5.肝細胞増殖因子(HGF)の反応は高分化癌と低分化癌では異なり、低分化癌ではHGFの刺激が持続しHGFにより細胞分散がおこることがわかった。手術された甲状腺癌症例をretrospectiveに検討し、甲状腺癌のパラフィンブロックを用いてHGFレセプター遺伝子、ラス遺伝子およびその関連遺伝子の発現を検討した結果、HGFの受容体(C-Met)が発現している甲状腺癌は10年後には全例がリンパ節に転移を示しておりc-METを検索することが甲状腺癌の予後を推定する遺伝子診断として利用できる可能性が示唆された。 そこでさらに甲状腺癌の遺伝子治療の開発として変異ラスの機能を抑制するを考え、変異ラスを導入したところ甲状腺癌細胞はTSH存在下ではアポトーシスが抑制されていたが変異ラス遺伝子を導入すると癌細胞は血清を除いたのみでアポトーシスに陥った。したがってラス遺伝子変異のみで癌細胞の増殖は早くなるがアポトーシスにより細胞死がおこり予後は悪くならないと推定された。そこで現在はHGFのシグナルを介して甲状腺癌に積極的にアポトーシスをひきおこすような型の遺伝子治療を開発している。
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