自律神経活動を反映しているとされるバイオシグナルを対象に、周波数解析を中心とした線形解析と、フラクタル成分とカオス特性を対象とした非線形解析の両者をおこなうことにより、(1)自律神経活動モニタリング、(2)麻酔深度の定量的評価、および(3)麻酔薬の作用機序の3点を明らかにすることを本研究の目的とした。このため主として心電図RR間隔の線形および非線形解析をおこなうためのコンピュータソフトの開発をまずおこなった。非線形解析としてGrassbergerとProcacciaのアルゴリズムにより作成した埋め込み次元と相関次元を算出し、臨床患者での心拍変動のカオス解析をおこなった。この結果吸入麻酔薬は濃度依存性にカオス特性は低下していた。また複素変調法を用いた心拍変動の実時間解析では、吸入麻酔薬セボフルランは従来使用されてきたハロセンと異なり導入後一時的に副交感神経活動が相対的に亢進する時期があった。これは小児でよく経験される麻酔導入時の徐脈の形成に一部関与しているものと推測された。静脈麻酔薬ミダゾラムは一時的に交感神経活動が相対的に低下する時期があり、臨床上経験される交感神経遮断効果を裏ずけていた。また塩酸ケタミン投与下では、逆に交感神経活動が相対的に亢進する時期があり、投与直後の血圧と心拍数の増加と一致していた。また循環の神経性調節を司っている心臓自律神経を反映している心拍変動の非線形成分であるフラクタル成分を解析対象とし、食道癌と開心術をうけた患者の周術期の心拍変動解析を術後一ヶ月間にわたっておこなった。この結果フラクタル成分の増減と臨床症状の改善度がよく一致しており、フラクタル成分の術後モニタリングの重要性が示唆された。以上の結果から麻酔下の患者や周術期患者では、バイオシグナルの線形特性変化に加えて、生体システムの特徴である非線形特性の解析の重要性が示唆された。
|