1)基礎実験:ケタラール麻酔下に300〜400gの雄SDラットのくも膜下腔へカテーテルを挿入し、尾側へ8cm留置した。二日後にペントバルビタール麻酔下にフェンタニール10μgをくも膜下腔へ投与した。ラットを6群(n=5)に分け、濃度は5×10^<-3>、1×10^<-3>、1×10^<-4>、1×10^<-5>%とした。対照群には生理食塩液を、ナロキソン群にはフェンタニール1×10^<-3>%10μ1投与5分前にナロキソン2mg/kgを腹腔内投与した。10分後に右足底に5%ホルマリン150μ1を皮下注射し痛み刺激とした。2時間後に潅流固定し、腰髄膨大部から50μmの厚さで20枚の凍結切片を作製した。Fos抗体を用いて免疫組織化学染色を施し、切片当たりの陽性細胞数を算出した。痛み刺激によって脊髄後角I、II層とV、VI層に多くの陽性細胞が発生した。フェンタニールの濃度に依存して陽性細胞数は減少した。減少効果はナロキソンで拮抗された。 次にフェンタニール投与時期がFosの発現に影響するかを調べるため、フェンタニール5×10^<-3>%10μ1をホルマリン投与10分前に、5分後、60分後に投与して比較した。Fos陽性細胞は、10分前でも5分後でも減少したが、60分後では減少しなかった。10分前と5分後と比べると、10分前のほうが有意に減少した。 以上のことより、フェンタニールが痛み刺激によるFos発現を抑制すること、痛み刺激を与える前に与えると抑制が著明であることが明らかになった。このことは先取り鎮痛の概念を示唆するものである。現在、局所麻酔薬で同様の事実が存在するか実験を継続中である。 2)臨床研究:腹式子宮摘出術を受ける41名を対象とし、手術開始前にフェンタニール0.2mgを硬膜外腔へ投与したときと静脈内へ投与したときで術後の鎮痛効果への影響を比較した。術後の鎮痛は、手術終了時に0.225%ブピバカインと0.0005%フェンタニールの混合液を硬膜外腔へ5ml投与したあと、同液を2.1ml/hで24時間持続注入した。術後の痛みスコアは、術前に硬膜外腔へフェンタニールを投与したほうが小さく、有効であった。この結果と平成6年度の結果から、局所麻酔薬またはフェンタニールを手術開始前に硬膜外腔へ投与すると術後鎮痛に対して先取り効果があることが明らかになった。フェンタニールの静脈内投与にも術後鎮痛に対する先取り効果はあるが、硬膜外投与に比べて弱いことが明らかになった。
|