平成6年度には、可逆性の閾値上昇が生じる程度の音響暴露(100dB SPL、10分間)を行ったモルモットにおいて、暴露直後および回復期に蝸牛の音響誘発電位の測定を行った。蝸牛神経複合活動電位(CAP)と、蝸牛の能動的音変換機構の持つ非線形に由来するとされる二音刺激時の蝸牛マイクロホン(CM)電位上の2f1-f2歪成分を中心に観察した。その結果、音響暴露後のいずれの時期においても、CM電位自体の出力はわずかな低下を示すのみであるのに対し、2f1-f2歪成分の出力は暴露後のCAP閾値の上昇とその後の回復に伴い、同様に出力の低下および回復を示した。これらの結果より、音響暴露後にみられる可逆性の閾値上昇(NI-TTS)は、蝸牛の能動的音変換機構において主たる役割を果たしている外有毛細胞の機能が障害されることによって生じていると結論された。 続いて、同様に一過性に外有毛細胞の機能障害を引き起こすことが知られているサリチル酸塩(アスピリン等)を用いて、同じ蝸牛内誘発電位を指標としてその影響を観察した。音響暴露と同程度のCAP閾値上昇を起こす量のサリチル酸投与では、CM電位出力はなんら変化を受けず、また2f1-f2歪成分の出力は低刺激レベルでは幾分低下するが高刺激レベルでは逆に上昇するという、音響暴露後とは異なった様式の変化を示した。従って、音響暴露とサリチル酸は、共に蝸牛外有毛細胞の機能を障害してCAP閾値の上昇を生じるものの、両者はそれぞれ別の部位に作用していると考えられる。サリチル酸は外有毛細胞の機能の中でも電気-機械変換を障害するとされていることから、音響暴露ではその前段階である機械-電気変換の一過性の障害が生じているものと推察した。
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