研究概要 |
【目的】網膜のアマクリン細胞は、視覚情報の伝達を修飾・制御し分解能を高めていると考えられている。この細胞内メカニズムを知るには、アマクリン細胞の初代培養が有効であるが、この培養に必須とされる高活性の神経栄養因子は見い出されていない。私達は、脳海馬神経細胞の培養上清中に、アマクリン細胞の成長・突起伸展を促す分子量約1,000のペプチド性因子を見いだした。本因子の分子量から網膜変成疾患や、また脳内の神経回路形成に働く重要な物質と考えられるので、本因子の(1)最終精製標品の構造を決定を行い、(2)その細胞内情報伝達機構の解明を試みた。【方法・結果】胎生17日齢ラットの網膜神経層から細胞を単離し、その初代培養に、胎生17日齢ラットの脳海馬神経細胞初代培養の上清または、その活性分画を添加し、神経栄養活性の検定にコリンアセチルトランスフェラーゼ(CAT)活性を測定した。海馬細胞の培養上清をSephadex G-15カラムクロマトグラフィーにより、分画したところ分子量約1,000に相当する分画に突起伸展およびCAT活性を促進する活性が検出された。更に、この分画を2回の逆相(C18)HPLCにより精製した。この最終標品の精製度は、Sephadex G-15カラムの活性分画に比し、約3,000倍と算定された。この標品の気相プロテインシークエンサーによる分析結果から、本因子はTyr-Leu-Pro-Ala-Gln-Val-Asn-Ile-Aspの構造をもつ10個のアミノ酸からなるペプチドであることが明らかになった。これを基に合成したペプチドは、培養網膜神経細胞のCAT活性を容量依存的に促進し、また海馬に投射している主要なコリン作動性細胞である中隔核細胞の初代培養にたいしても同様の活性を示した。この合成ペプチドを網膜神経細胞培養に添加し、各時間における蛋白質のチロシン残基のリン酸化チロシンに対する抗体を用いた免疫ブロッティングにより分析したところ、5分および10分後に、分子量約180kDaおよび200kDaのリン酸化チロシンを含む蛋白質が増加した。合成ペプチド添加後の、Fos蛋白質の発現を、Fos蛋白質に対する抗体を用いて、免疫組織化学および免疫ブロッティングにより検討した。添加後30分から120分にFos蛋白質の核内濃縮が見られ、30分以後のFos蛋白質の発現の増加が見られた。【結論】発達過程の脳海馬神経細胞は網膜及び中隔核のコリン作動性細胞の成長・発達を促進するアミノ酸10個からなるペプチドを産生することが明らかになった。この因子に対する細胞内情報伝達機構には蛋白質チロシン残基のリン酸化およびFos蛋白質の誘導が含まれることが示唆された。
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