ヒトの先天異常の中で顎顔面奇形はきわめて頻度が高く、また歯科領域とも非常に関連が深い。これらの顔面奇形は病理発生学的には頭部神経堤細胞の移動や骨・軟骨への分化の異常などによるものと考えられている。一方、レチノイン酸などのビタミンA関連物質(レチノイド)を妊娠母獣に投与した場合、ヒトの疾患に類似した顎顔面の奇形が高頻度に誘導されることが明らかになっている。そこで本研究では、人為的に顎顔面奇形を誘発するようなレチノイン酸の処理条件を確立し、そのような条件下での頭部神経堤細胞の挙動を解析することによって、レチノイン酸の催奇形機序を解明することを目指した。 全胚培養下で胎齢9.0日および9.5日ラット胚子を2x-10-7Mのレチノイン酸を添加した培養液中に6時間曝露し、その後無添加培養液に移して60時間(9.0日の場合)もしくは48時間(9.5日の場合)培養すると、それぞれ特異的な顎顔面奇形が100%に近い頻度で誘導された。前者の処理では、第一咽頭弓のサイズが減少し第二咽頭弓様の形態になり、後者では第一及び第二咽頭弓が癒合した。レチノイン酸処理胚子の頭部神経堤細胞移の動経路を追跡したところ、正常発生胚子にみられる頭部神経堤細胞の分節的な移動が時間特異的に(9.0日胚子処理でのみ)阻害されることが明らかになった。また脳神経の形態は、細胞質内でレチノイン酸と特異的に結合するCRABP-Iタンパク分子の局在も、胎齢9.0日ラット胚を処理した場合でのみ正常発生胚子との差が見られた。 これとは別に未分化な顔面間葉細胞の軟骨細胞への分化を再現するマイクロマスカルチャー系を用いて、軟骨形成に対するレチノイン酸の効果を調べたところレチノイン酸の濃度に依存して軟骨形成が抑制された。 以上より、レチノイン酸は発生段階特異的に頭部神経堤細胞の移動や分化に深く関わることが明らかになった。
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