研究目的:糖尿病患者の増加が指摘されており、今後同患者に対する矯正歯科治療の機会は増加するものと考えられる。今回インスリン依存性糖尿病(以下IDDMと略記)に極めて類似の病態を示す自然発症糖尿病ラットを用い、IDDMに対しインスリン投与による血糖コントールを行った条件下で、歯の移動を行い歯周組織への影響について病理組織学的に検討した。 材料および方法:実験動物には糖尿病群として米田らの方法に従い繁殖、維持を行ったBB/W//Tky系統雄性ラット(以下BB/Wラットと略記)を使用した。糖尿病発症BB/Wラットに対しては同日より高血糖に対するコントロールを行うため、必要に応じて2〜6Uのインスリンを背部皮下に投与した。血糖コントロール良好群(以下血糖良好群と略記)、血糖コントロール不良群(以下血糖不良群と略記)に分け歯の移動実験を行った。対照群として生後13週齢のWistar系雄性ラットを用い同様に実験を行った。移動には上顎切歯を固定源として、上顎左側第一臼歯(以下M_1と略記)を近心方向に10gの力を用い移動した。移動開始後1、3、5、7、10、14、21、28日の各期間について、距離計測と病理組織標本の採取を行った。 結果:(1)M_1の移動量は移動開始5日目までは各群ともほぼ同じ値を示し、14日目では対照群と血糖良好群、血等不良群間に、21日目以降では各群間に有意な移動量の差が認められた。対照群、血糖良好群、血糖不良群の順に移動量が大きく認められた。(2)病理組織学的所見において血糖良好群では対照群に比べ、骨の改造機転がやや遅延していた。対照群の圧迫側では3日目から7日目にかけて巨細胞や破骨細胞による変性組織の貪食や、骨髄側からの穿下性骨吸収が旺盛に認められ、7日目にはほぼ変性組織は消失し修復が進行しているのに対し、血糖良好群ではそれら修復機転が10日目から14日目まで要した。対照群の牽引側では、1日目から3日目では歯根膜繊維は伸展され疎であるが、5日目から7日目にかけて歯根膜繊維は密になり毛細血管も多く見られ、歯槽骨表面には新生骨の添加が旺盛に認められるのに対し、血糖良好群ではそれら拡大した歯根膜腔の修復が7日目から10日目に遅延していたが、骨の新生添加は対照群とほぼ同様な所見が認められた。血糖不良群は対照群、血糖良好群に比べ、圧迫側での巨細胞や破骨細胞の数が全体的に少なく、変性組織や骨の吸収機転が著しく低下しており、14日目においても硝子様変性組織が残存していた。牽引側では新生骨の添加が著しく遅延していた。15EA04:結論:IDDMに対しインスリン投与を行い、血糖が良好にコントロールされた血糖良好群では、対照群と比べ骨の吸収、添加および改造機転がやや遅延していた。また不良な状態ではそれらの機転が著しく遅延し、歯の移動に伴う糖尿病の影響と血糖コントロールの重要性が示唆された。
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