神経ペプチドのサブスタンスP(SP)受容体蛋白質のmRNAに相補的なアンチセンスDNAを作成し、ヒトアストロサイトーマ細胞(U-87MG)およびラット側脳室内に与え、SP受容体蛋白質の発現および情報伝達系への影響について神経科学的に検討した。U-87MG細胞にアンチセンスDNAを無血清状態で30分間取り込ませたのち培養した。その後、細胞膜画分を調整し、放射性SPアナログリガンドを用いて結合実験を行った結果、アンチセンスDNA処理後を24時間の細胞膜でのSP受容体量は、対照群と比較して74.8±9.7%になり、48時間後では68.8±3.0%になり統計的に有意な減少が認められた。同濃度のセンスDNAを処理した細胞ではSP受容体量には、まったく変化はみられなかった。これに対して、72時間後での細胞膜ではSP受容体量の有意な減少は認められなかった。この結果は、U-87MG細胞の分裂周期が約55時間であり、またアンチセンスDNAの安定性を反映するものと思われる。従って、U-87MG細胞の場合、アンチセンスDNAの有効発現時間は48時間程度であることが判明した。次にこの条件下、U-87MG細胞のSPによる情報伝達系への影響について検討した。SPをU-87MG細胞に与えると細胞内Caイオンの増加がみられるが、48時間後のアンチセンスDNA処理細胞では、SP誘発細胞内Caイオンの増加はみられなかった。以上のことより、U-87MG細胞にSP受容体アンチセンスDNAを処置すると細胞膜のSP受容体が減少することが明らかとなった。 中枢神経内のSP受容体が減少しているラットを作成し、中枢神経におけるSPおよびSP受容体の機能を解明する目的で、ラット側脳室内にリポソームに封入したアンチセンスDNAを投与した。アンチセンスDNAを投与したラットの一般的な行動には、変化は認められなかった。投与後7日後、大脳皮質膜画分でのSP受容体結合量は、センス投与群と比較して85.3±3.6%になっていた。これらの結果から、ラットの中枢組織にリポソーム封入アンチセンスDNAを投与すると、SP受容体が減少する可能性が明らかとなった。中枢神経細胞は分裂を行わないので、アンチセンスDNA効果が長期にわたって期待できる。 以上、本研究により、アンチセンスDNAを用いて受容体蛋白質欠損動物を作成し、脳高次機能の解析に有効であることが明らかとなった。
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