近年、抗生物質の濫用を背景に持つ老人患者、癌患者、手術患者などに多発する院内感染の急増は社会問題化している。ことにメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)による院内感染では多数の死亡症例が報告され、対策が急務とされている。しかし、MRSA自体の病原因子に関する報告はなかった。1993年、野田教授(千葉大学医学部)らは術後感染死亡者から分離培養したMRSAが二種類の新規の蛋白性トキシンを産生すること、この毒素がマウスで心停止を起こすことを見い出し、この毒素とそれによる心停止がMRSA感染死亡の原因のひとつであると推定した。 我々は、これらのMRSA産生毒素の発現する心臓毒性のうち電気生理学機能異常に着目し、研究を開始した。マウスの心電図およびモルモット摘出乳頭筋標本における微小電極法による検討から、この毒性の発現に神経性機能がかかわっていることを見い出し、薬理学的に証明した。特に、MRSA産生毒素初期の発生張力の増加には心筋組織内にある交感神経末端からのカテコールアミン遊離が関連していることがわかった。実験をさらに進めて、パッチクランプ法を用いた細胞レベルの実験を予定していたが、MRSA産生毒素の精製を大量に行なうことが難しく、この検討は出来なかった。そこで次に、緑膿菌産生毒素や遺伝子工学的手法で大腸菌より得られたMRSA毒素(GST-HS-cytotoxin)について検討したところ、MRSA産生毒素同様の心臓毒性を発現することがわかった。このように、病原微生物の産生するサイトトキシンの致死活性の一部は、神経性の機構を介した心臓毒性にある可能性が示唆された。 以上のことから、MRSA産生毒素の心臓毒性の機構解明がMRSA感染死亡への対策の糸口となると考えられ、今後本研究の成果をふまえ、細胞レベルにおける検討をさらに詳細に行なう必要があると思われる。
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