研究概要 |
本研究は脳虚血による神経細胞死と空間認知障害の発現機序を明らかにするために、繰り返し脳虚血によっておこる行動変容と海馬からのアセチルコリン遊離の変化を経日的に測定した。その結果,8方向放射状迷路課題において10分間の虚血を1時間間隔で2〜3回行うと1週間後に回数に依存した著明な空間認知障害がみられた。また,海馬錐体細胞に著明な細胞の脱落・萎縮など虚血性病変が認められ,虚血回数に依存して細胞数が有意な減少することが判った.さらにマイクロダイアリシスを用いて,前頭葉皮質(FC),背側海馬(DH)からのAChの遊離について検討した結果,FCでは虚血処置中に一過性遊離増加が見られ,この一過性増加は2,3回目の虚血処置でも同様に認められた.しかしDHでは3回目の虚血中では一過性増加は認められなかった.一方,虚血24時間後,7日後におけるACh遊離量はFC, DH共に虚血回数に依存した有意な減少を示すことが判った.脳神経細胞の障害の引き金である脳局所のエネルギー代謝が,繰り返し脳虚血の早期にどのような変化を来すかをin vivo biosensor法を用い,脳エネルギー代謝の基質であるglucoseの動態を検討した.まずbiosensorの基礎検討を行い無麻酔・無拘束下でreal timeでmonitoringすることを可能にした.そしてこのbiosensor法を用い,脳虚血中のglucose動態を調べた結果,FC ,DHで虚血処置とともに急激に減少し,虚血中に一定の値を示し,血流再開と共に徐々に上昇し,血流再開約15分をpeakに徐々に減少し,再開後約50分で虚血前のレベルに復することが判った.この様な変化は2回目,3回目の虚血中にも同様に認められた. これらのことから,10分間の虚血処置を2,3回と繰り返し行うと,血流再開7日後,海馬CA1領域の錐体細胞の障害を随伴した著明な空間認知障害が発現し,この障害は繰り返し脳虚血の回数に依存して著明になることが判った.さらにこの時,DHのACh遊離量も有意に減少することが明らかになり,繰り返し脳虚血による空間認知障害に海馬ACh神経系の機能衰退が関与していることが考えられた.なお,3回繰り返し虚血の際の3回目の虚血処置での背側海馬におけるAChの一過性遊離増加の消失はDHが虚血に特に脆弱なためACh神経機能がFCなどに比べて比較的早期に低下することが示唆された.またbiosenso法を用いることによって,今後の繰り返し虚血によるエネルギー代謝の詳細な検討に有用であることが判った.
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