本年度、発表し得た研究結果は、次のとおりである。 まずオランダにおける17、18、19世紀の医学教育における解剖学講義について検討した。周知のように、日本で最初に翻訳された本格的な蘭学書は、『解体新書』(1774年刊)である。日本に受容された解剖学の内容を検討するためには、当時のオランダにおける医学および解剖学の教育システムや内容を検討することが、必須となる。筆者はオランダに残る解剖学講義の絵を全て把握するように努め、結局、30枚弱を把握し、それを分析した。当時、オランダでは、内科医と外科医で、職能や医学教育は異なっていたが、日本が受容した解剖学は、外科医のものであった。外科医のための解剖学講義の絵を読み説き、その傍証とした。 日本においては、緒方洪庵の適塾で学んだ兄弟の子孫の家に伝えられる、蘭文写本を検討し、そのオリジナル原書を同定し、緒方洪庵の受容し、子弟に教育した蘭学の学統について検討した。広島世羅町の神植家に伝わる4冊の蘭書写本のオリジナルは、19世紀のドイツ・ゲッチンゲン大学系の医書であり、緒方洪庵の蘭学は、同大学系のものであることを指摘した。 また、1796年に種痘を開発したエドワード・ジェンナーの受けた医学教育とイギリスにおける彼の外科医としての社会的地位を検討し、さらに、古代ギリシアの医療施設であった、アスクレピオスの神殿についても検討した。 本年は研究を完了するに至らなかったが、日本の蘭学書の中で最大数の原著者であるウイーン陸軍軍医学校教官プレンクの業績、すなわち、ラテン語、ドイツ語、オランダ語、日本語の彼の著書、およびヨーロッパ医学上での彼の位置付けについても検討した。
|